天龍寺別院塔頭「松厳寺(松岩寺)」

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天龍寺別院塔頭「松厳寺(松岩寺)」

読み方

てんりゅうじ べついん たっちゅう しょうげんじ

建築年

1353年(南朝・正平8年/北朝・文和2年)→1864年禁門の変の大火により焼失

再建年

推定1877年(明治10年)

1870年に廃寺となった天龍寺塔頭・南芳院と合併し、南芳院の跡地に移転。

建築様式(造り)

建物:入母屋造

屋根:浅瓦葺

注目される仏像、御利益

  • 福禄寿天
  • 人望を高める

参拝について


通常、庭園と境内の福禄寿天の祠堂以外は公開されていません。

福禄寿天のお堂は、福禄寿の縁日である2月3日にご開帳がありますが、その他は閉堂され、中を拝見することはできません。

天龍寺塔頭の松厳寺とは?

天龍寺には塔頭(たっちゅう)と言われる、言わば付属寺院が多数あります。

このうち、松厳寺は、天龍寺の心臓部である法堂や方丈に最も近い場所に建っています。

先ほど少し触れましたように、お祀りしている福禄寿の縁日、節分の2月3日以外はご開帳もないとあって、訪問者は通常、ほとんどありません。

但し、紅葉の季節には、天龍寺境内の中でも紅葉の美しい場所と評判が立っており、紅葉狩りに訪れる観光客で賑わいます。

松厳寺はどこにあるの?地図で確認!

松厳寺は、天龍寺を出て、庫裏の前の道をまっすぐに進み、すぐ左手に入った所にあります。

入口は、このように少し奥まったところに寺門があります。

天龍寺七福神の1つ「福禄寿」とは?

松厳寺に祀られている「福禄寿」は、七福神のうちの1人です。

※画像は、松厳寺の福禄寿天サマではありません!

一般的には、上の写真で示しましたように、長い頭と長い白ひげ、手に仙人っぽい杖を持っている……という姿で知られています。

「福禄寿」の名前は、

  • 幸福(古代中国で言う、子孫繁栄)
  • 封禄(ほうろく。財産のこと)
  • 長寿(健康長寿。ただ長生きすればいいってもんじゃない!)

に由来します。この3つの願いは、古代中国の文化の中でも、特に道教で重要視されたものです。

したがって福禄寿の姿も、道教における理想的な仙人の姿……眉から上に頭が長く伸びる「仙骨」、低身長に描かれます。

福禄寿は、道教においては南極星の化身とされる、南極道人という仙人と同一視される向きがあります。

天龍寺の七福神とはどこにいる誰!?

天龍寺七福神とは、

  1. 松厳寺-福禄寿
  2. 慈済院-弁財天
  3. 弘源寺-毘沙門天
  4. 寿寧院-赤不動明王
  5. 永明院-恵比寿神
  6. 妙智院-宝徳稲荷
  7. 三秀院-大黒天

以上、7つの塔頭寺院に祀られた七福神のことです。

七福神といえば大体、「福禄寿、弁財天、毘沙門天、恵比寿神、大黒天、寿老人、布袋さま」だろうと思っている我々にとって、なんだか天龍寺の七福神は違和感がありますね?イワカン

そう、「寿老人・布袋」がおらず、代わりに「不動明王・稲荷神」が入っているのです。

それが何故なのかは公表されていませんが、ひと味違った七福神めぐりを是非楽しんでみてください。

知っておこう!天龍寺塔頭「松厳寺」の歴史

開山は1353年、夢窓疎石の弟子による

松厳寺の開山は、1353年(南朝・正平8年/北朝・文和2年)です。この時代は、いわゆる南北朝時代で、京都に北朝、奈良(吉野)に南朝が両立していたため、和暦は2種類あります。

開山したのは、夢窓疎石の直弟子であったと伝えられている、晦谷祖曇(まいこく・そどん)という僧です。

晦谷祖曇に関しては、生没年などの詳細がまだわかっていません。

この晦谷祖曇に深く帰依していた、歌人で古典学者の四辻善成(よつつじ・よしなり。順徳天皇の曾孫。生1326年~没1402年)が開基。四辻善成は『源氏物語』初となる本格的解説書『河海抄(かかいしょう)』を執筆したことでも有名な人物です。

晦谷祖曇の生没年がわかっていませんが、四辻善成の生没年からある程度の推測ができそうですね。

江戸時代に荒廃、明治に入って復興

松厳寺が荒廃したのは、江戸時代、享和年間(1801年~1804年)だったようです。この時期に松厳寺では何らかの理由で、借金返済をしなくてはならず、松厳寺の建物を売却して返済にあたったと伝えられています。

その後、1864年の禁門の変で、結局松厳寺の建物は焼失してしまいました。

なおこの時まで、松厳寺は現在の場所ではなく、天龍寺の庭園の背後にありました。

松厳寺が復興を遂げたのは、近代に入ってからです。1877年に、同じく天龍寺の塔頭であった真乗院と合併し、さらに塔頭・南芳院とも合併して、南芳院の跡地であった現在の地に移りました。

南芳院もまた、禁門の変の後、1870年に廃寺となってしまい、再興を図っていたのです。

1952年(昭和27年)、現在では松厳寺のメイン参拝所となっている福禄寿天のお堂が建設され、2月3日の節分会に豆まきなどで人を集めるようにしました。

松厳寺の御朱印はもらえる?どこで?

松厳寺でも、御朱印をいただくことができますので、御朱印収集家の皆様はぜひ立ち寄ってみてください。

御朱印をいただける場所は、福禄寿のお堂に向かって左手の朱印所です。

が、しかし……!

松厳寺で御朱印がいただけるかどうかは、実は運次第。節分の日を除いては参拝者も少ないとあって、朱印所に人がおられないこともしばしば。どなたもいらっしゃらない時は、残念ながらいただくことができません。

2月3日は参拝者、御朱印希望者共に多く、開門時間内であればまずどなたかいらっしゃいます。

一方、節分の日以外は「どなたかいらっしゃったらラッキー!」と心得てお伺いしてくださいね。

なお御朱印は、金額300円。書き置きの御朱印となります。

天龍寺塔頭 松厳寺 のお問い合わせ先

住所:京都市右京区嵯峨天竜寺芒ノ馬場町67

TEL:075-871-5113

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