天龍寺の曹源池庭園の見どころは枯山水?歴史から紐解く!特徴や作った理由・作者(作った人物)は誰?

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天龍寺 大方丈「曹源池庭園」【史跡名勝天然記念物】【世界文化遺産】

築庭年

不明
推定:1345年(康永4年/室町時代前期)

史跡名勝天然記念物指定年月日

1923年(大正12年)3月7日

庭園の敷地面積

約4,000㎡(池のみ約1,100㎡)※約1200坪

築庭様式

  • 池泉回遊式庭園
  • 借景式庭園
  • 禅宗式庭園
築庭者

夢窓疎石

項・一覧

「曹源池庭園」の読み方

この「美しすぎる!」庭園は、”曹源池庭園”と書いて少し読みにくい漢字ですが「そうげんちていえん」と読みます。曹源池庭園は天龍寺が、いや日本が世界に誇る、日本初の史跡・特別名勝指定となった庭園です。

この曹源池庭園は天龍寺の本堂にあたる大方丈の裏庭にある庭園です。

今回は、曹源池庭園の魅力と見どころを一挙にご紹介します!

「曹源池庭園」の名前の由来は?

曹源池庭園」って一体、どういった名前なの? と言われるのは無理のないことでしょう。

曹源池庭園の中央に位置する大きな池の名称を「曹源池」と言うのですが、その名前の由来は……

庭園を作成していた夢窓国師が、池の泥を堀りあげたところ、池の中から「曹源一滴」と書かれた石碑が現れた!

という言い伝えによるもの。諸説あり、この石碑は池の泥ではなく、池を作る際に滝の水の中から現れたとも言われています。

曹源一滴とは、「一滴の水は、あらゆる物の根源である」という禅語です。「曹源一滴水(そうげんのいってきすい)」と言われることもあります。

「曹源」というのは、禅の世界では「曹渓の源泉」を意味しています。

「曹渓」とは? 

曹渓とは「そうけい」と読み、これは中国で禅宗の流れを確立させたと言われる、慧能禅師(えのうぜんじ/生638年~没713年、諡を大鑑禅師/だいえぜんじ)のこと。

中国において、禅宗の開祖と言われる達磨大師の教えを受け継ぎ、禅宗として確立したと伝えられる慧能は、曹渓宝林寺(現在の広東省韶関市)に拠点を置き、亡くなるまで布教活動を行っていたと伝えられます。

その後日本にまで伝えられ、信者を増やし広まった禅宗も、元を辿れば「曹源一滴水」、曹渓の一滴の水を源として大きな流れになりました。

同様に、あらゆるモノの根源には一滴の水がある。「曹源一滴」は、これこそが禅の根本であるとも言われる重要な禅語なのです。

不思議な縁!天龍寺の初代管長も「滴水」という名前!

天龍寺の初代管長は、滴水宜牧(てきすい・ぎぼく)師(生1822年~没1899年。別名、由理滴水師)と仰いますが、かれの号となった「滴水」も、修業時代に行った禅問答が元になっていると言います。

滴水宜牧禅師は、修業時代を岡山県の曹源寺で過ごしています(これも、のちに天龍寺の管長となる運命を考えれば、不思議なご縁と言えますね!)。

その折、師匠であった儀山禅師との間で「風呂に入り終えた後の、風呂の水をどうするか」という禅問答が行われました。小僧も含め全員の風呂が終わった後に、水を「捨てる」と答えた宜牧(小僧時代)に、儀山禅師は

「木の根にかけぬとは! 一滴の水も粗末にしてはならない」

と一喝したそうです。

これを教訓に、宜牧は天龍寺管長に就任した後、号を「滴水」とし、「水は仏の御命である。一滴の水も無駄にしてはならない」と伝え続けたとのことです。

天龍寺・曹源池庭園を作った人は誰?

天龍寺は足利尊氏がライバルであった後醍醐天皇の菩提を弔うために創建された寺院ですが、実際に現場指揮を執ったのは天龍寺の開山である「夢窓疎石(むそう そせき)」その人です。

すなわち、この天龍寺・曹源池庭園を作った人も夢窓疎石になります。


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天龍寺・曹源池庭園は本当に枯山水なのか?

天龍寺曹源池庭園は枯山水庭園ではなく「池泉回遊式庭園」!

まず、天龍寺・曹源池庭園の大まかな構造を理解しておきましょう。

曹源池庭園は、「池泉回遊式庭園」と呼ばれる日本庭園の形式に則って作成されています。

池泉回遊式庭園(ちせんかいゆうしきていえん)は、まず大きめの池を庭園の中心に置き、その周囲に園路を巡らせ、園路を歩くということを前提にして作庭する庭園です。

「日本庭園の集大成」とも言われるこの形式は、室町時代や江戸時代によく作成された庭園で、特に禅宗寺院、江戸大名が好んだと言われます。天龍寺もそんな禅宗寺院の1つと言えますね。

曹源池庭園の他に、桂離宮、金沢の兼六園、六義園など、池泉回遊式庭園の日本庭園は日本各地に見られ、その多くが特別名勝や特別史跡に指定されています。

枯山水庭園とは?

枯山水庭園とは、平易に言うと「水のない庭のこと」です。「枯」という字が付されている通り、水を用いずに「山」と「水(池・川)」を表現しなければなりません。

具体的に言うと、拾ってきた石コロころコロどこ行った?‥や、白砂などの砂を用いて山や水(池・川)を造ります。

ここが池だということを観覧者に理解させるために架橋したり、白砂の表面に波紋を描いたりします。

これらは禅宗で生まれた発想であり、俗に「禅宗式庭園」とも呼称されます。

この天龍寺・曹源池庭園を見れば分かると思いますが、中央に池があり、その池を中心として架橋、草花樹木が植栽され、庭園が造られています。

つまり、天龍寺・曹源池庭園は枯山水庭園ではないのです。

天龍寺・曹源池庭園の見どころ

天龍寺・曹源池庭園は「借景の庭園」!

曹源池庭園は、単に夢窓疎石が作成した庭園である……と考え、庭園だけを眺めていてはなりません。

曹源池庭園を見るにあたり、最も気に掛けたいのが「借景の庭園」であるということです。

上述で借景、借景と連呼しましたが、借景とは「しゃっけい」と読み、これは庭園の背景となる遠方の山や谷を、庭園の景色の一部として組み込んでしまう、日本庭園を作成する際のちゃっかり技法。

天龍寺の境内も、大方丈から曹源池を眺めると、その背景に美しい嵐山の全体像が映り込み、それが曹源池庭園の白い砂や池、池の背景となる木々に、上手にマッチしています。

天龍寺の案内パンフレットには、以下のようなロケーションが借景として用いられているとしています。

  • 正面:亀山、小倉山
  • 左側:嵐山

さらにこうも付け加えられています。「優美な王朝文化と禅文化が巧みに融合した庭」と。

大方丈と書院(小方丈)の中から観る額縁庭園!絶景が楽しめる!

視界の中に遠景を入れることが、借景庭園を見るポイントですが、曹源池庭園を楽しむ上でもう1つ気に留めておきたいことがあります。

それは、「曹源池庭園は建物の中から楽しめるように作られている」ということ。

曹源池庭園を見られる建物は、諸堂参拝で入ることのできる大方丈と書院(小方丈)の2箇所。庭園参拝の他に、諸堂参拝に入堂料金が必要になりますが、ぜひ中に入ってみましょう。

和風建築の特徴として、建物内に入ると柱や天井、軒や床、さらに広縁の欄干などが視界に入り、これが借景庭園のいわばフレームの役割を果たします。

まるで一幅の絵のように、切り取られた景観が、見る者に、よりワビサビを感じさせてくれるのです。

ちなみにこのように建物の中から観る庭園のことを俗に「額縁庭園」と呼びます。

これらの岩石の他にも、曹源池庭園にはいくつもの石が点在しており、奥行き感を出したり、「蓬莱」や「亀」を表したりしています。

天龍寺・曹源池庭園の最大の見どころは「紅葉」!

天龍寺の曹源池庭園で1番といっても良い見どころ。それこそが紅葉です!

天龍寺の紅葉の見頃時期は例年11月中旬を少し過ぎたあたり~12月上旬です。

10月になると色づき始め、3色の紅葉が観れます。

枯れかかったような黄色の葉、青々とした俗に「青紅葉」と呼ばれる青葉、そしてチラホラと視界に入る目立つ真っ赤に熟した赤葉。以上の3色。

3色の紅葉も大きな見どころです!3色の紅葉の見頃時期は10月中旬頃です。カメラをお忘れなく!

天龍寺の曹源池庭園の紅葉の種類
  • カエデ
  • イロハモミジ
  • ヤマモミジ

そのほか、ハナミズキ、サクラ、ツツジ、サルスベリといった季節の花も植栽されているでゴザんす!

色鮮やかに赤く染まり、淡いオレンジ色や黄色、青紅葉とのコラボも風情があります。

早朝参拝がオススメ!

紅葉シーズンの天龍寺では参拝客をもてなすために、通常8時30分からの開門時間を紅葉シーズンに限定して、朝7時30分より開門しています。

開門と同時に参拝することを俗に「早朝参拝」と言います。

早朝参拝の大きなメリットは、人が少ないので開放的な気分で庭園を独り占めした気分で観覧ができるということです。

人が少ないので混雑もしておらず、カメラワークも快適に進みます。

早朝期間は、例年おおむね11月上旬〜12月初旬までです。

「出島」

この曹源池庭園のメインとなる池、曹源池には出島が3つ設けられています。この出島の周囲に見栄えの良い石を配置して庭園に広がりをもたせて、尚且つ、奥行きという遠近感を与えています。

このような手法は鎌倉時代に流行した庭園における石組様式だと言われています。曹源池庭園に来たらぜひ!「岩、石」の配置に注目して、ぜひ日本一のお庭を楽しんでください!

「遠山石」

えんざんせき」と読みます。庭園奥に見えるもっとも頂になる石です。

庭園内では不老不死の仙人が暮らすという「桃源郷」もしくは「蓬莱山」をイメージして配置される他、奥行き感を出すための演出目的で用いられることが多い石です。

「龍門の滝(龍門瀑)」

大方丈から見て、曹源池庭園の正面、曹源池の向こう側には、曹源池庭園を代表する岩の芸術「龍門の滝」があります。

2つの大岩を配置して「龍門の滝」を演出しています。

2枚の大きな岩には現在、水が流れてはいませんが、過去には水が流れていたのではないかと思われる跡があるそうです。

「龍門の滝」は「登竜門」の故事にちなんだもので、鯉が滝をのぼると龍になれるという、その滝を庭園内に再現しています。そして、滝の脇には、この滝を昇ると言う「鯉魚石(りぎょせき)」が配置されています。

「鯉魚石」

「鯉魚石(りぎょせき)」と読みます。通例では滝の下に置かれるケースが多い石です。

中国の故事「登竜門」に由来した石です。なんでも鯉が滝を登ることができたら龍になるそうです。

天龍寺の鯉魚石は、その瞬間を表現した大変、稀有な石コロころコロどこいった‥になるようです。他には例がないとも。

龍門の滝と鯉魚石は、実は日本各地に存在していて、有名なところでは金閣寺にもあることで知られています。

金閣寺の龍門の滝には水が流れ、その水の下に鯉魚石が置かれて水を弾いているように、通常、鯉魚石は龍門の滝の真下に置るものであり、滝水を受ける役目を果たします。

しかし、天龍寺の鯉魚石は、滝の横に置かれているのが特徴的。一説には中国南宋から訪れた「蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)という中国の禅僧が龍門瀑の故事に倣って造ったとも云われています。

通例の鯉魚石が、これから龍になろうという「鯉の姿」を表現しているのに対して、天龍寺の鯉魚石は、「今まさに滝を昇っている最中の、龍になりかけた姿」を表現しているというレアものです!

「水落石」

上記、「鯉魚石」を挟み込むようにして上に1つ、下に2つ、水を落とす石である「水落石(みずおちいし)」が配置されています。

3つ水落石が置かれていますので、3段の滝ができあがります。

ちなみにこのように鯉魚石や遠山石を配置して滝を創り出す様式を「滝石組」と呼びます。

「石橋」

天龍寺・曹源池庭園には青石(青みがかった石)が用いられた3つの石橋が配置されています。これら3つの石橋は、なんでも自然石で造立された橋としては日本最古になるそうです。

青石は、「秩父産の青石」や「伊予産の青石」が有名です。


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天龍寺・曹源池庭園の特徴

曹源池庭園は「禅宗式庭園」!

冒頭でも少しお話ししましたが、この曹源池庭園は、天龍寺が禅宗であるように「禅宗式庭園」とも呼称されます。

お寺の庭園は主に以下の2通りに分けて考えることができます。

  1. 浄土式庭園
  2. 禅宗式庭園
浄土式庭園とは?

浄土式庭園とは、「浄土」の名前が示すとおり、「極楽浄土」をイメージして作庭された庭園のことです。

禅宗式庭園とは?

禅宗式庭園とは、「精神性を基軸とした修行のため」に作庭された庭園のことです。

禅宗式庭園は有名どころでは、この天龍寺以外にも、西芳寺(さいほうじ)という寺院にもあります。

曹源池庭園は極楽浄土をイメージして作られた?!

これはこの曹源池庭園だけに限定されるものではありませんが、そもそもお寺の庭園自体が何かの思想を取り入れて作庭されており、それはこの曹源池庭園にも言えることです。

もともと庭園は茶道の心得から派生して、それを発展させたものが現今に見られるような小綺麗な庭園になったのです。

茶道の中に庭園というものが必要であり、やがて茶道の作法の1として庭園が取り入れらることになります。

やがて茶道で用いられた庭園がお寺に作られるようになると、今度は僧侶が精神修行のために作庭することが所作の1つとなっていきます。

言い換えると自分の心の中のものをアウトプットして最大限に表現することこそが精神修行であることから、心の中に思い描いた理想卿を創造する必要があります。

その理想郷は言い換えると「極楽浄土」を指すことであり、すなわち、お寺の庭園はすべて極楽浄土をイメージして作られているといっても過言ではないのです。

曹源池庭園に植栽されている樹木が限定されている!

すでにお話ししたとおり、この曹源池庭園は禅宗式庭園の一種ですが、臨済宗では日が暮れて月が昇ると、「夜坐(やざ)」といって堂内の縁側に出て、月明かりを浴びながら座禅をする修行があります。

上述したように庭園を作庭することが精神修行であるならば、その庭園を見て座禅を組むのも精神修行であり、この2つの要素は精神修行という面において非常に重要なつながりをもっているのです。

曹源池庭園は3つの借景が取り入れられている!

曹源池庭園に訪れた際は是非!目の前に広がる池の向こう側の景色をご覧になってください。

よく見れば3つの景色に分けることができて、これら3つの景色を用いて庭園全体に奥行きを持たせています。

  1. 前景(池)
  2. 中景(斜面になっている部分。木々が生い茂っている部分)
  3. 後景もしくは遠景(嵐山)

曹源池庭園は嵐山断層を巧みに用いた唯一無二の庭園!

あまり知られていませんが、なんとぉぅ!嵐山の地形は約2億年前の地殻変動(地面が長期間にわたり少しずつ移動する現象)によってに形成されたそうです。

何が言いたいのかと言いますと、この地殻変動によって保津川周辺の山々と天龍寺の周辺に断層ができました。しかしこの断層は急斜面を生み、さらに砂利(じゃり)を多く含んだ、大変もろい土壌を形成したと言われています。

しかしその反面、今日に見る嵐山の美景を生み出していると言っても過言ではありません。

これがどういうことかと言いますと、急斜面は普通の斜面に比べて斜面が急なため、前面の木々だけではなく、奥に生えている後方の木々たちも全容に近い姿で目視できます。

嵐山の紅葉が特に際立って美しいと評判になるのは、この急斜面のおかげで奥に隠れた木々までもを目視できることが理由に挙げられます。

そしてもうお分りかと思いますが、天龍寺の曹源池庭園は夢窓疎石が室町時代に、この急斜面を巧みに利用して築庭しています。

いったいこの夢窓疎石とは、もぅホントに何者なんでござんしょ。オホ

なお、嵐山に「山桜」や「イロハモミジ」が多く自生している理由は、砂利が多い土壌でも地中深くに根を下ろして土砂災害を防ぐ目的で人の手によって植林されたことや、急斜面と相性が良いことが挙げられています。

曹源池庭園は「天龍寺十境」の1つとして作庭された庭園!

夢窓疎石は、天龍寺に理想郷としての「天龍寺十境」を再現しようとしていました。曹源池庭園は「天龍寺十境」の1つとして、重要な役割を持っていたのです。

夢窓疎石が理想とした「天龍寺十境」とは?

「天龍寺十境」は、下の10の光景です。

  1. 普明閣
    普明閣とは、現在の勅使門の奥側に建っていたと伝えられる楼閣です。
  2. 絶唱谿
    大堰川(おおいがわ=嵐山からは「桂川(かつらがわ)」に名称が変わる。現在も京都を流れる淀川水系)の清流を指します。
  3. 霊庇廟
    京都市右京区にある神社、「八幡社」。1344年(康永3年)、夢窓疎石(むそう そせきによって創建されたものです。
    境内の碑文に、「夢窓疎石の夢に八幡大菩薩が現れ、天龍寺を守ると託宣があったため、天龍寺の左側(南)に夢窓疎石によって八幡大菩薩が祀られた」ことが明記されています。
  4. 曹源池
    この曹源池庭園の池。
  5. 拈華嶺(ねんげれい)
    嵐山の絶景のことを指します。「拈華」の意味は、以心伝心をあらわす禅語。
  6. 渡月橋
    言わずと知れた桂川の橋、渡月橋。承和年間(834年~848年)に初めて架けられたと伝えられています。
    夢窓疎石の言っている渡月橋は、現在の位置よりもう少し上流だったと言われています。
  7. 三級巌(さんきゅうがん)
    嵐山の「音無瀬の滝(戸無瀬の滝)」。
  8. 万松洞(門前の松)
    天龍寺境内の松林。
  9. 龍門亭
    京都の亀の尾山のふもとにあった、嵐山をのぞむ茶亭と言われています。
    2000年には、天龍寺境内の曹源池の南側に、開山夢窓国師650年遠諱記念事業の一環として、龍門亭が再建されています。
  10. 亀頂塔
    かつて、亀山の山頂にあった九重塔。京都市内まで見渡すことのできる絶景ポイントで、現在の嵐山公園内と伝えられています。

なお、この中で現在6カ所が現存していると言われています。嵐山はこれらの景色が近距離で見ることができるスポットです。

「天龍寺十境」はなぜこんな広範囲?

「天龍寺十境」といっても、嵐山全体におよぶスケールの大きさ……なぜこれが「天龍寺十境」なのか? と思われるかもしれません。

現在では、天龍寺の境内の広さはおよそ30,000坪(東京ドームの2.1倍程)と言われていますが、1877年(明治10年)に廃藩置県が行われ上知令が出されるまでは、天龍寺の境内敷地は嵐山、亀山、嵯峨の全エリアにわたる大変広いものでした。

30,000坪と言うととても広いように思われますが、かつての天龍寺の境内は、現在の広さの10倍以上。

その広範囲すべてが天龍寺の境内として、夢窓疎石にとっては「理想郷の素材」であったのです。

そして、夢窓疎石が禅宗的な理想郷を作り上げるにあたり、欠かせない心臓部となったのが「曹源池庭園」でした。

曹源池庭園の見方・観覧方法

縁側に座って観覧する!

天龍寺は約670年前に創建しており、現在に至るまで伽藍が焼失したり、騒動で破壊されたりしており、現今に観られるほとんどの寺容は、明治時代に再建されたときの姿です。

しかし、ことこの曹源池庭園に関しては、創建当初のままの景観を保っていると云われており、座った姿勢で観ることを前提として作庭された庭園だと云われています。

通常の日本庭園は柱や障子が庭園の前にあって部分的にしか見えない例が散見されますが、曹源池庭園に関しては大方丈の縁側に座りながら観ることによって初めてこの庭園の良さや作者の意図など、その真髄というものが体感できるのです。

遠くにも目線をやって全体像を見る!

借景庭園を見るときは、「近くだけではなく、遠くにも目線をやって全体像を見る」ことが大切です!

嵐山の地形は川(橋)・崖・山がすべて視界に入ります。人はすべての景色が視界に入ると”美しい”と感じるようです。これを角度で分析すると30度になり、これは黄金比で表わすことができるのです。

天龍寺・曹源池庭園の特別名勝と史跡の指定範囲

天龍寺・曹源池庭園は、「特別名勝」及び「史跡」に認定されていますが、指定範囲は「前庭」と「方丈裏庭」のみです

天龍寺・曹源池庭園「前庭」の範囲

境内中心部となる勅使門から放生池を経て法堂に至る範囲です。

天龍寺・曹源池庭園「方丈裏庭」の範囲

方丈裏庭は曹源池(そうげんち)を中心とした池泉回遊式庭園、すなわちこの曹源池庭園です。


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天龍寺・曹源池庭園の歴史(年表)

室町時代に足利尊氏の発願により、禅僧・夢窓疎石の手により創建された天龍寺は「京都五山の第一寺」として位置付けられ以来、隆盛の波に乗ります。

天龍寺は、1339年(暦応2年)に開山し、1345年(康永4年)に落慶(境内全体の完成)を迎えました。

落慶に至るまでの経緯は「天龍寺のご本尊はどんな仏様?天龍寺の歴史について・由来など」に詳しく解説していますので、ぜひあわせてご参照ください。

創建当初の寺領域は約950万平方メートルを誇り、これは現在の嵐電帷子ノ辻駅あたりにまで及ぶ広大なものでした。敷地内には、150余寺の子院が軒を連ね、洛中を凌ぐほどのまさに嵐山文化の象徴たるべき寺容を誇っていたのです。

しかしながら、隆盛は長く続くことはなく、その後たびたび火災の発生や騒動に巻き込まれるなど、徐々に創建当時の寺観は失われていき、やがて荒廃していくことになります。

現在の天龍寺の伽藍のほとんどは明治時代後半以降のもの!

現在の天龍寺の伽藍のほとんどは明治時代後半以降に再建されたときの姿です。ただし、この方丈西側に位置する「曹源池庭園」は国の「特別名勝・史跡」に指定されている経緯から見ても理解できる通り、創建当初の面影を偲ばせる唯一のものと言えます。

できごと
834年~848年 嵯峨天皇の皇后橘嘉智子が開いた檀林寺(天龍寺の前身)が創建される
平安時代初期 荒廃していた檀林寺の場所に後嵯峨天皇とその皇子・亀山天皇が離宮を造営し、「亀山殿」と名前を付す。
暦応2年/延元4年(1339年) 足利尊氏、後醍醐天皇の崩御に際して、その菩提を弔うべく寺院を建立する。名前を「天龍資聖禅寺」と付す。
康永4年(1345年) 後醍醐天皇七回忌に「天龍資聖禅寺」の落慶供養が営まれる。
延文3年(1358年) 火災により伽藍が焼失す。
貞治6年(1367年) 火災により伽藍が焼失す。
応安6年(1373年) 火災により伽藍が焼失す。
康暦2年(1380年) 火災により伽藍が焼失す。
文安4年(1447年) 火災により伽藍が焼失す。
応仁元年(1467年) 応仁の乱の類焼により伽藍が全焼す。
文禄5年(1596年) 慶長伏見地震にて伽藍の堂宇が倒壊す。
文化12年(1815年) 火災により伽藍が焼失す。
元治元年(1864年) 禁門の変(蛤御門の変)により、禅堂以外の伽藍が破壊される。
1900年(明治33年) 当代の管長・峨山禅師が禅堂を法堂兼仏殿として再建す。
1997年(平成9年) 加山又造により「雲龍図(八方睨みの龍)」が製作される。
1899年(明治32年) 庫裏が再建される。
1899年(明治32年) 大方丈が再建される。
1923年(大正12年)3月7日 国の「史跡名勝天然記念物」の指定を受ける
1924年(大正13年) 小方丈が再建される。
1934年(昭和9年) 当代の管長・関精拙老師により、多宝殿が造営される。
1955年(昭和年) 国の「特別名勝天然記念物」の指定を受ける
1957年(昭和32年) 物外道人(もつがい どうじん)筆により、東西を仕切る襖壁に雲龍の絵が描かれる。
1994年(平成6年 世界遺産に登録される。
平成12年(2000年)の秋 開山夢窓国師650年遠諱の記念事業が開始される。中でも禅堂は耐震性を考慮した修復工事が実施される。

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曹源池庭園の入園料(拝観料)について

天龍寺では、境内に入るための入場料、入山料といったものは必要ありませんが、曹源池庭園の見学を行うためには庭園への参拝料が必要になります。

庭園参拝料(曹源池庭園・百花苑)

  • 高校生以上:500円
  • 小・中学生:300円
  • 未就学児:無料
  • 【割引】
    障がい者手帳をお持ちの方。本人および介護者1名まで100円引き。受付時に提示が必要です。

※諸堂参拝料、法堂にて特別公開の雲龍図参拝料はそれぞれ別途。

※諸堂参拝を行わなくても、庭園だけ参拝することができます。

こちらでご紹介した入園料などは変更になっている場合がありますので、最新情報は公式ホームページなどでご確認ください。

【補足】天龍寺が世界遺産指定を受けた理由とは?

天龍寺=世界遺産として知られていますが、実際には天龍寺は、世界遺産「古都京都の文化財」を形成する重要な1ファクターです。「古都京都の文化財」に含まれるためには、

  • 国宝建造物がある
  • 庭園が特別名勝になっている
  • 特別史跡等、その他の条件

のいずれかに当てはまっている必要がありますが、天龍寺はこのうちの「庭園が特別名勝になっている」に含まれます。

逆に言えば、戦火にみまわれ幾度も伽藍が焼失しているため、天龍寺の境内には国宝建造物がありません。

他に何か、世界遺産の条件として認められるようなものも特にないため、天龍寺が世界遺産に含まれているのはひとえにこの曹源池庭園の存在ゆえと言っても過言ではないのです。

そんな曹源池庭園には、「知らなきゃ見逃してしまう」日本庭園の粋がたくさん存在しています。

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